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乳癌診療におけるQuality Indicator(QI)の策定

主任研究者 向井博文
国立がんセンター東病院 化学療法科

わが国における乳癌診療の特徴

 わが国では乳癌は女性の罹患率が最多の癌種であるとともに、その罹患率は上昇傾向にある。その診療も外科・内科・放射線科など多様な専門家がチームを組んで患者の診療にあたり、さらに全人的なケアの必要性が随所で強調されている。また、さまざまな治療選択肢が存在するばかりでなく、薬物療法のうち、通常の化学療法以外にも、分子標的薬、ホルモン療法などのさまざまな治療法が、病理学的特徴や月経状況など、各患者の臨床状況により使い分けられるという特徴がある。さらに全世界で新しい知見が次々と明らかになるにつれて、治療法が急速に進歩している。そのような中で最新の標準診療が患者に届けられることの重要性は大きく、また、最新の知見が広まっていない可能性も高いのではないかと予想される。そのため、診療ガイドラインを使った普及啓発とともに、その検証を行い、患者の受けている診療をモニターすることの必要性は大きいと考えられる。

 また、さまざまな専門家が関与する乳癌診療の特徴を反映して、診療ガイドラインも、薬物療法、外科療法、放射線療法、検診診断、疫学予防と、5つの分野別のものが発刊されて大部のものになっている。今回の「診療の質指標(Quality Indicator:QI)」の策定にあたっては、診断後の症例に対して診療の質を評価することを目的としており、このうち疫学予防以外の4分冊を参考にしながら QIを策定した。QIは標準診療が行われている割合で診療の質を評価しようというものである。

 乳癌の標準診療についていえば、乳癌では幸い数多くのランダム化比較試験が行われているためにエビデンスに基づいた知見が数多くあり、それらを基本とすることができる。しかし、だからといってランダム化比較試験の結果だけで標準診療ができあがるわけではない。もともとランダム化比較試験は治療の評価には比較的適用しやすいが、臨床状況に応じた検査を行うことなどの評価には適用が難しい。これらの検査の施行などももちろんのこと、漏れのない診療記録や適切な患者説明なども標準治療の重要な一部であり、これらも今回QIとして考えられている。

 

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専門家パネル委員の選定

 乳癌の5分野である、外科、内科、放射線治療、検診・診断、疫学・Quality of Life(QOL)より専門家計9名を専門家パネル委員として招集し、当研究班の活動主旨およびQI策定の意義について説明の上、他臓器と共通した手法に従ってQIの選定を行った。9名の選定については、専門分野に加えて所属施設の形態(大学病院、がんセンター、地域病院など)や地域に偏りのないように配慮した。


乳癌専門家パネル委員の構成(敬称略)

 光山 昌珠
 北九州医療センター 外科
 高塚 雄一
 関西労災病院 外科
 柏葉 匡寛
 岩手医科大学 医学部外科学講座
 渡辺 亨
 浜松オンコロジーセンター
 山中 康弘
 栃木県立がんセンター 腫瘍内科
 植野 映  筑波大学 乳腺甲状腺内分泌外科
 黒住 昌史
 埼玉県立がんセンター
 光森 通英
 京都大学 医学研究科腫瘍放射線科  
 下妻 晃二郎  
 立命館大学 理工学部

 

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QIの策定にあたっての留意点

海外QIの参照

 乳癌の分野でQIは海外における先行研究も多く発表されている。それらのうち、ASCO(米国臨床腫瘍学会)の行ったNational Initiatives for Cancer Care Quality(J Clin Oncol 24:626-634,2006)や、ランド研究所(RAND Corporation)の開発したAssessing Care of Vulnerable Elders のQI、米ジョージア州でがん診療の向上のために使用されているQIなどを参考にするとともに、また乳癌の診療ガイドラインの推奨グレードA、Bの事項を基にして、それをQI向けの表現に変更し、専門家パネルでの検討を行うためのQIの候補を作成した。乳癌診療の中で欧米の標準が日本の事情と著しくかけ離れているという意見は少ないが、これら海外でQIとして確立している事項に関しても、まずは、QIの候補として日本の専門家による評価を行った。またその際、QIを使って評価の対象とする診療レベルについては、全国のがん診療連携拠点病院で行われることが求められるレベルとして設定し、その視点からQIの適切性について検討した。

 

患者説明のQIと記録

 QIの内容には、患者の治療選択の権利を意識して、初回治療や乳房再建などさまざまな場面における患者にとって適切な治療選択肢の説明がなされているかを問うQIが含まれている。またそれらが診療録に記載されていることを、QIに示されている標準を遵守している証拠として要求している。記録が診療の質といえるかどうかについては専門家パネルの中でも議論があったところであるが、診療をチームで行う際に記録は重要なコミュニケーションツールとなることから、説明なども重要なポイントは記載するべきであろうと考えられた。また逆に、施行することは重要でも、そのことを記録することが重要ではないQIについては、今回のように診療録を基に評価することを前提に考えたQIとしては不適切と考えた。その点に今回のQIの特徴の1つがあるといえる。


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まとめ

 乳癌診療におけるQI作成を試みた。既存の指標や乳癌診療ガイドラインを参考に100のQI候補案を分担研究者と事務局が作成し、その後、9名の専門家パネル委員によるパネル検討会議において十分な議論・検討を行い、81のQIを選定した。さらに、重複、類似のQIの統一等の作業を行い、最終的に43のQIを確定した。これらは、治療内容だけではなく、治療前の適切な評価から過不足のないフォローアップまで広い範囲をカバーする内容となっている。次項に、それぞれのQIの理論的根拠に関する解説を示す。

 

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