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緩和ケアにおけるQuality Indicator (QI)の策定

主任研究者 宮下光令
東京大学大学院医学系研究科 健康科学・看護学専攻緩和ケア看護学分野

わが国における緩和ケア診療の特徴

 緩和ケアとは、生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、疾患の早期より、痛み、身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題に関して正しく評価を行い、それが障害とならないように予防、対処することで、 Quality of Life(QOL)を改善するためのアプローチと定義されている。海外における緩和ケアは宗教的施設(ホスピス)として紀元4世紀ごろに端を発するといわれている。1967年に英国でセント・クリストファー・ホスピスが開設されたことが、近代ホスピスの開始とされ、その後ホスピス・ムーブメントを経て、世界に広まった。緩和ケアという言葉は1975年にカナダのロイヤル・ビクトリア病院に開設された「緩和ケア病棟」で初めて用いられた。「ホスピス」と「緩和ケア」はほぼ同義に使用されているが、現在では、国際的には「緩和ケア」が最も標準的な用語である。なお、米国、欧州における緩和ケアは在宅ケアがその中心になっている。

 わが国では1970年代にホスピス・ムーブメントが輸入されたといわれている。1981年には、わが国初のホスピスが聖隷三方原病院に開設された。しかし緩和ケアが制度化されるには、1990年に当時の厚生省により「緩和ケア病棟入院料」の開始まで待たなければならなかった。その後1996年に「日本緩和医療学会」が発足し、2002年には一般病棟で緩和ケアチームによるケアを提供するための「緩和ケア診療加算」が算定された。2006年に成立した「がん対策基本法」では、がんの早期から緩和ケアが提供される体制を作ることが明記され、さらに、がん対策基本法に基づき、がん対策推進基本計画が策定され、都道府県では都道府県がん対策推進計画が整備されるに至った。2006年から指定が開始された「がん診療連携拠点病院」でも緩和ケアの提供は必須要件とされている。

 わが国の緩和ケアの特徴の1つは、その歴史的背景から施設ケアが中心であることにある。また、現状でがん患者の在宅死亡率は6%程度であり、がん患者の主たる死亡場所は病院である(死亡場所の6%程度は緩和ケア病棟)。

 また、緩和ケアの特徴は、臓器別のがん医療とは異なり、臓器横断的に行われる医療であるという点である。通常、がん医療では臓器ごとに標準治療やガイドラインが存在するが、緩和ケアはすべてのがん患者に適用すべき、基本的ながん医療の一部である。がん種による違いは若干あるものの、共通して適用すべき点が多い。また近年では、緩和ケアは死にゆく患者に対してのみではなく、化学療法や放射線治療といった積極的治療を行っている時点、さらには、がんと診断された時点から適用されるものであるといった概念が主流になってきた。

 このような近年の発展にもかかわらず、緩和ケアの普及は世界的にも比較的歴史が浅く、日本での普及は最近になってからである。また、緩和ケアは対象となる患者が心身ともに脆弱であることが少なくなく、倫理的、実際的な観点からRCTのようなエビデンスレベルの高い研究を行うことは困難であることが多い。このような理由から、国際的にも緩和ケアのエビデンスは必ずしも十分とは言えない。日本におけるエビデンスはさらに少ない。

 本研究班におけるQIの設定に関しては、各種がんにおけるガイドラインを基本とすることになっている。しかし、緩和ケアにおけるガイドラインは、わが国では「疼痛」「苦痛緩和のための鎮静」「終末期輸液」しか作成されていない。緩和ケアが本来対象とする症状や状態は非常に広範囲にわたるものであるが、十分なエビデンスに基づくガイドラインが存在しないことが、今回のQI作成上の一番の問題点であった。

 そこで本研究班では、緩和ケアのQIは「疼痛管理」と「意思決定」のみに関して作成した。緩和ケアで頻度が高い症状としては、倦怠感、嘔気・嘔吐、食欲不振などの身体症状、抑うつ、適応障害、せん妄、不眠などの精神症状などがある。また、心理社会的問題やスピリチュアルな問題なども重要である。しかし、これらはRCTや系統的レビューなどの通常治療の確立に必要なエビデンスに乏しく、臨床でのコンセンサスも得られていないことから、ガイドラインも整備されていない。そのため本研究班におけるQIでは、相対的にエビデンスが蓄積されており、国内外でガイドラインが発行されている「疼痛管理」と心理社会的・スピリチュアルな問題のうち、診療録への記載・抽出が比較的明確である「意思決定」に絞ってQIを作成した。これらのQIを満たすことが、各施設における緩和ケアのすべての部分を網羅しているわけではないが、疼痛は緩和ケアの最も重要な症状であり、エビデンスが高く、かつガイドラインも整備されている現状をかんがみると、疼痛の適切な診療が行われていることは、がん医療に携わる医療者が実施する緩和ケアの最低限を保証するひとつの指標になると考えられる。「意思決定」に関しても、同様にがん医療に携わるすべての医療者が実施すべき事項をQIとして採用した。本研究班におけるQIでは、がんの診断から終末期まで、がんの病名・病状告知や治療の選択など「意思決定」に関して相対的にエビデンスが蓄積されており、コンセンサスが得られている領域をQIに含めた。

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専門家パネル委員の選定

 専門家パネルの選定にあたっては、緩和ケアの基本が多職種によるチームケアであることを考慮した。また緩和ケアの特徴の1つは、専門家だけではなく一般の腫瘍医によっても、第一次的ケアの1つとして提供されるべきものであるという点である。そのため、専門家パネル委員には一般診療医も含めた。最終的に専門家パネル委員は緩和医学の専門医4名、在宅・一般診療医3名、精神腫瘍学1名、看護3名、MSW1名、薬剤師1名の計13名であった。専門家パネルの構成員は以下のとおりである。

 

緩和医学専門家パネル委員の構成(敬称略)

 緩和医学専門医  森田 達也  聖隷三方原病院
 林 章敏  聖路加国際病院
 小原 弘之  広島県立広島病院
 大坂 巌  静岡県立静岡がんセンター
 在宅・一般診療医  菊地 信孝  岡部医院
 山本 亮  佐久総合病院
 尾藤 誠司  国立病院機構東京医療センター  
 精神腫瘍学専門医    秋月 伸哉  国立がんセンター東病院
 看護師  濱口 恵子  癌研究会有明病院
 梅田 恵  オフィス梅田
 高橋 美賀子    聖路加国際病院
 MSW  栗原 幸江  静岡県立静岡がんセンター
 薬剤師  佐野 元彦  埼玉医科大学総合医療センター

 

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QIの策定にあたっての留意点

 本QIは診療記録から抽出できる項目に限定した。QIの作成方法はIF-THEN方式、つまり、IFで患者の状態を定義した上で、推奨される医療行為をTHENに記載する方法を採用した。この方式により、対象患者を可能な限り詳細に定義する形でQIを目標とした。QIの選定にあたっては、文献検討および臨床家の意見から、74の予備項目を作成した上で、項目の選定にはデルファイ変法を用いた。平成19年7月~平成20年2月までに2回のデルファイ変法による調査を行い、指標の適切性と情報取得可能性を評価した。最終的な項目の決定には、指標の適切性で中央値が9段階中7以上であり、合意が取れているものを採用した。最終的に採用されたQIは28項目であった。

 

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まとめ

 緩和ケア領域では「疼痛」と「意思決定」に限定し、28のQIを作成した。「疼痛」に関しては、疼痛のスクリーニング、疼痛の評価、疼痛の治療、オピオイドの副作用、疼痛に関する専門スタッフへの紹介などを含んだ。意思決定に関しては、多くのがん種に統一して適用されるものとして、がんの病名・病状告知、治療に対する意向の確認、療養場所に関する意思決定を含めた。

 

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