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肝癌診療におけるQuality Indicator(QI)の策定

主任研究者 國土典宏、長谷川潔
東京大学大学院医学系研究科肝胆膵外科

わが国における肝癌診療の特徴

 原発性肝癌のほぼ94%を占める肝細胞癌は他の消化器系悪性腫瘍とは際立って異なる特徴を有する。すなわち、
 1)肝炎ウィルス(B型およびC型)罹患と発癌が強い因果関係を有すること
 2)治療法の選択が肝予備能に大きく左右されること
 3)治癒的な治療後であっても、再発率が高いこと(5年で70~80%)
 4)再発の多くが肝内に発生すること
 5)通常の転移の他に多中心性発癌という再発経路が存在し、後者は障害肝の状態に強く影響されること
 6)肝予備能が許す限り、再発に対して有効な治療が存在すること
 7)脈管侵襲という明確な予後規定因子が存在すること
などが挙げられる。

 特徴1)は肝細胞癌のハイリスクグループの設定を容易にする。肝細胞癌診療ガイドラインにおいて、サーベイランスアルゴリズムには検査の種類と間隔が明記されている。事実、新たに発見される肝細胞癌の約1/3は腫瘍径2cm以下(単発ならT1に相当)、60%弱が腫瘍径3cm以下である。一方、特徴2)以下の理由で、肝細胞癌の治療法の選択は容易ではない。有効とされる治療法は肝切除、肝移植、経皮的局所療法、肝動脈塞栓療法など複数存在するが、日常臨床で遭遇する頻度が高い割に、どういう症例でどの方法を選択するべきか、専門家でさえ難しいことがまれではない。

 肝癌の診療の質を測る目的からみると、診断面は方法論が確立し画一化されているため、それほど質のばらつきが存在するとは考えにくいが、治療面は逆に施設や主治医によるばらつきが大きいという特徴がある。これは、肝細胞癌の治療に関するエビデンスがまだ不十分ということを示唆し、エビデンスに基づいた「診療の質指標(Quality Indicator:QI)」の策定は困難と想定される。しかし、あえて肝癌の診療の質を評価するために、治療面でエビデンスが得られている点を中心にQIを策定した。これは、治療可能な肝細胞癌には最適な治療選択を行うことが、診療の質の重要なポイントになると考えたためである。しかし、結果として治療選択のQIの多くは複数の選択肢を良しとする内容となっている。今後エビデンスの蓄積が進むにつれて、どの場合にどの選択肢が最適であるかが明らかになっていくと考えられ、それに合わせてQIを改訂して日本全国の診療の質の向上につなげていく必要がある。

 

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専門家パネル委員の選定

 先述したように、肝細胞癌に対するQIの設定は治療面が中心となることが予想されたが、有効な治療法が肝切除、肝移植、経皮的局所療法、肝動脈塞栓療法など複数存在し、それぞれ外科医、内科医、放射線科医が担当することが多いため、これら3分野の専門家がバランスよく、専門家パネルに参加することが第一に勘案されるべきであると思われた。また、いわゆる学会の重鎮や研究グループのリーダーでは、その立場やそれまでの主張に左右され、自由な議論が妨げられたり、学会における力関係に議論の方向が影響されたりする可能性が懸念されるという意見もあった。そのため、比較的若手または中堅の専門家で、かつ学会活動や論文執筆などに積極的で、肝細胞癌の最新知見に詳しいと思われる人物という想定のもとに、専門家パネル委員候補の検討を行った。その結果、肝癌専門内科医3名、肝臓専門外科医2名、肝癌専門放射線科医1名、肝癌非専門内科医1名、肝臓非専門外科医1名、肝癌非専門放射線科医1名の合計9名を選定した。関西2名、東北1名を含め、関東だけに偏らないように留意した。

 

肝癌専門家パネル委員の構成(敬称略)

 佐々木 洋    八尾市立病院 外科
 久保 正二  大阪市立大学 肝胆膵外科
 池田 健次  虎の門病院 肝臓科
 森屋 恭爾  東京大学 感染症内科
 岩崎 隆雄  東北大学 消化器内科
 松枝 清  癌研有明病院 画像診断部
 梶山 美明  順天堂大学 食道胃外科
 山田 薫  三楽病院 健康管理科
 竹内 義人  国立がんセンター中央病院 頭頸・胸部放射線診断室  

 

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QIの策定にあたっての留意点

肝癌に対する診断

 4つのQIを策定した。肝細胞癌の腫瘍マーカーの代表はAlpha-Fetoprotein(AFP)、Protein Induced by Vitamin K Absence or Antagonist-II(PIVKA-II)、AFP-L3分画の3つである。これら3つの腫瘍マーカーは診断、治療後のフォローアップのいずれにも有用なため、ガイドラインでは肝炎、肝硬変を有する患者群で、これらの測定を推奨している。ただし、AFP-L3分画は比較的歴史が浅いこと、最近まで保険診療上、3つの腫瘍マーカーを同時に測定できなかったことから、QIにはAFP、PIVKA-IIの2つを盛り込んだ(QI1)。

 直径2cmを超えるような、典型的な肝細胞癌の画像診断法はほぼ確立されたといってよい。特に禁忌のない限り造影し、少なくとも早期相と後期相の2回は撮像することが標準とされている。造影シリーズを1度しか撮像しないのは、肝細胞癌の診断には不十分といってよいので、この点をQI 2に反映させた。ただし、CTが圧倒的に広く普及しているわが国の現実を考慮し、撮像の方法はCTとMRIの両方を可とした。

 肝癌の治療において、腫瘍条件のみならず、肝機能条件の正確な評価は最も重要なポイントの1つである(QI 3)。わが国ではIndocyanine Green(ICG)を用いたICG 15分停滞値が広く普及しているので、これをQI 4に反映させた。ただし、経皮的局所療法、肝動脈塞栓療法の前には必ずしも行われないため、肝切除前に限定した。

 

肝癌に対する初回治療

 ガイドラインでは、肝障害度AまたはB、単発または個数3個以下、腫瘍径3cm以下を満たす肝細胞癌に対する治療として、肝切除と経皮的局所療法が推奨されている。しかし、どちらを第1選択とするべきかについて、明確なエビデンスはない。従って、この条件の肝細胞癌に対しては、両方の治療法について十分な説明がなされた上で、いずれかの治療が選択されることが重要と考え、QI 5~7が設定された。

 肝障害度Cの肝細胞癌患者には肝移植以外の根治的治療は確立されていない。それ以外の治療は肝機能への負担から肝不全のリスクが高いため、その施行前には十分な説明を要する(QI 8)。肝移植は理論的に優れており、予後も良好である一方、脳死肝グラフトの利用が現実的ではなく、生体肝グラフトにはドナーへのリスクを伴うことから、わが国では慎重に適応を決定するべきであるとされている。しかし、移植の可能性をまったく説明しないのも患者の自己決定権を侵害することになり得ると考え、QI 15を設定した。

 経皮的局所療法の中でも医療機器の発達に伴い、治療法の変遷があり、最近はラジオ波焼灼療法(RFA)の優位性が複数のRCTにより、確立されている。RFA以外の経皮的局所療法が行われるのは、何らかの理由があるはずであり、それが十分に患者に説明されることが重要である。そのため、RFA不施行の理由が診療録に記載されているか否かで、この点を評価することにした(QI 9)。

 肝動脈(化学)塞栓療法(TA(C)E)の現時点での位置づけは、肝切除や経皮的局所療法には明らかに劣るものの、他の一般的な抗がん治療(化学療法や放射線療法)よりは有効というものである。従って、特に禁忌のない限り、肝切除や経皮的局所療法の適応外症例にはTA(C)Eが選択されるべきである(QI 10)。TAE時にリピオドールを含んだ懸濁液を用いる意義については、明確なエビデンスはないものの、わが国ではすでに一般的である。ガイドラインも推奨しているため、QI 14に反映させたが、実施率が高いために、QIとしては適当でない可能性がある。また、TAEの有効性は適切なタイミングでの繰り返し施行に依拠することが、すでにRCTで明らかであり、TAE後の効果判定にはdynamic CTまたは腫瘍マーカー測定が有用なことから、QI 22~24を策定した。再施行のタイミングは腫瘍マーカーの増加、画像検査で腫瘍径の増大、血流豊富な腫瘍の出現のいずれかで判定するためにQI 25を加えた。

 

再発肝癌に対する治療

 特徴3)~6)のため、肝細胞癌の治療において、再発時の治療法選択は重要なポイントである。他の消化器系悪性腫瘍と異なり、肝細胞癌では再発への積極的治療が初回治療と同様、有効であり、選択法は初回と同じ考え方でよいとされている。そこで、QI 11~13を設定した。

 肝細胞癌に対する抗がん治療に有効な薬剤・レジメンはなかったため、QI 19を設定した。しかし、2008年6月に根治治療不能の肝細胞癌に対するソラフェニブの予後延長効果が大規模RCTで証明され、現在、ソラフェニブの保険収載が検討中であることから、QI 19は今後再検討を要すると思われる。

 肝細胞癌に対するホルモン療法は一時大いに期待されたが、1990年代に複数のRCTによって否定されたため、あえてホルモン療法を選択することは問題である。よって、QI 20を策定した。ただし、もともとわが国ではホルモン療法は一般的ではないため、実測すると施行例は皆無である可能性、すなわちQIには向かない可能性があり、実測結果によっては削除を検討すべきかもしれない。

 

肝癌に対する補助療法

 肝癌に対する切除後あるいは経皮的局所療法後の有効な補助療法は確立されていない。安易な補助化学療法はむしろ有害であるという危険性を示唆した報告もある。QIに利用できる知見はなかった。

 

肝癌治療後の経過観察法

 肝癌の最大の予後不良因子は脈管侵襲であり(特徴7))、他に腫瘍の分化度が挙げられる。従って、これらは切除標本の病理所見で最も重視すべきポイントである。担当医が経過観察に当たって、これら2点を認識しているかどうかを評価するため、診療録への記載の有無をQI 16として取り上げた。それ以外に遺残の有無、切除マージン、肝内転移の有無など、予後を示唆するポイントを考慮しているかどうかをQI 17~18として、設定した。

 

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まとめ

 全部で25のQIを設定した。肝細胞癌の治療法の選択には、各施設における治療法の得手不得手が大いに関係するのがわが国の現状である。有効な4つの治療法、すなわち肝切除、経皮的局所療法、肝移植、肝動脈塞栓療法のすべてが高いレベルで施行される施設は、がん診療連携拠点病院でさえ少なく、むしろ希少といってよい。本QIは各施設の各治療法の質を直接測るものではないため、1つの治療法に突出して優れた施設の評価に適切かどうかという問題がある。それぞれの治療法の代表的施設や4つの治療法が一定以上のレベルを保っている施設で実測してみて、その結果をよく検討しなければ、本QIの最終的な妥当性・実用性の評価は難しいと考えられる。

 

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