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肺癌診療におけるQuality Indicator(QI)の策定

主任研究者 淺村尚生
国立がんセンター中央病院呼吸器外科

 

 がん診療において、現在わが国で広く行われている診療の質を評価することは簡単ではない。各臓器癌によってその臨床病理学的な特性が全く異なっているため、その診療形態にも大きな差があり、診療の質を評価するに当たって画一的な対応ができないためである。全臓器癌から見ると、肺癌は罹患数が多いこと、死亡率が高いことなどから、肺癌診療の質を向上させることは、わが国におけるがん診療や社会一般に与える影響が極めて大きいものと考えられる。このような状況で、肺癌における診療の質を客観的に評価する指標があれば、その経時的な変化をみることにより将来の肺癌診療の進むべき方向性を見極めることができよう。

 肺癌における「診療の質指標(Quality Indicator:QI)」の設定にあたって、考慮すべき背景や癌としての特性、またそれに基づく設定の考え方について述べる。

 

わが国における肺癌診療の特徴

肺癌の臨床病理学的な特性

 肺癌をひとつの悪性疾患としてみると、他の臓器癌と比較して特筆すべき特徴がある。

1. 男女ともに、罹患数が多く、死亡率が高い予後不良の悪性疾患であること、

2. 多様な病理組織型があって、それぞれが喫煙と異なった関連性を有すること、

3. 自覚症状に乏しく、外来受診時に比較的進行した状態で発見される例が多いこと、

4. 治療のモダリティが外科切除、化学療法、放射線治療、あるいはそれらの組み合わせで多様であり、病理組織型、Stage(進行度)によって、それらが選択され、相対的に外科切除の比率が低くなること、

 このような点を、QIという観点から見ると、肺癌診療全体の質をどのように評価すべきかという点で、課題が多いことがわかる。Stageや組織型ごとに診療指針が多岐にわたるために、診療の質を計測すべき的確な項目の選択が困難であるということである。例えば、肺癌の外科切除率は、消化器系の癌と比較すると低く、40%程度と推定される。残る60%は、放射線治療か化学療法が単独あるいは併用して行われる。従って、診療の質を正しく評価するためには、各治療モダリティに対応した評価項目をそれぞれ用意する必要がある。わが国における肺癌診療の現状として、外科分野と比較した場合、非切除例に対する治療を担当する肺癌専門の腫瘍内科医や放射線治療医は少なく、外科切除例についての評価はできても、非切除例では評価が困難となることが起こり得る。また、治療方針が、組織型やStageによって異なるために、肺癌における治療前の評価は一層重要性が高く、この部分の評価も診療の質を見る上で、大きなウェイトが必要である。

 


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専門家パネル委員の選定

 このような診療にあたる専門家の多様性を反映させてQIを検討する専門家パネル委員の構成を検討した。上述のような肺癌診療の多様性を考慮して10名の専門家パネル委員のうち、外科医3名、腫瘍内科医3名、放射線治療医1名、放射線診断医1名、病理医2名で構成した。

 

肺癌専門家パネル委員の構成(敬称略)

 池田 徳彦    国際医療福祉大学 呼吸器外科
 遠藤 千顕  東北大学加齢医学研究所 呼吸器再建研究分野  
 岡田 守人  広島大学原爆放射線医科学研究所
 國頭 英夫  国立がんセンター中央病院 呼吸器内科
 久保田 馨  国立がんセンター東病院 呼吸器科
 岡本 勇  近畿大学医学部 腫瘍内科
 中山 優子  東海大学医学部附属病院 放射線治療科
 野口 雅之  筑波大学 病理学教室
 村田喜代史  滋賀医科大学 放射線医学講座
 松野 吉宏  北海道大学病院 病理部

 

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QIの策定にあたっての留意点

肺癌における診療ガイドラインの成り立ち

 診療の質を評価する際に必要となるレファレンスは、どのようなものであろうか? 今回のQI設定にあたっては、現行の日本肺癌学会が刊行している“EBMの手法による肺癌診療ガイドライン2005年版”を診療の規範として採用した。これは、このガイドラインが、わが国における肺癌診療を総合的に取り扱う日本肺癌学会のガイドライン検討委員会による科学的な討議によって、わが国の肺癌診療の実情にかんがみて作成されたものであることによる。またその手法はEBMによっており、根拠となるエビデンスとその評価が一定の方法で行われているものである。

 もともとこの肺癌の診療ガイドラインは、厚生省の“Evidence-Based Medicine (EBM)の手法による肺癌の診療ガイドライン策定に関する研究”班によってまとめられ、初版が2003年版として刊行された後、日本肺癌学会にその改訂作業が移管された。肺癌学会では、肺癌診療ガイドライン検討委員会において改訂作業が行われ、2005年に日本肺癌学会から第2版が刊行されて現在に至っている。第3版への改訂作業は、同検討委員会で進行中であり、2009年度の取りまとめが予定されている。

 今回のQI作成にあたっては、このガイドラインで示された重要な推奨項目の中から選択し、さらに、肺癌の日常診療において必須と思われる項目を追加した。全体としては、肺癌診療を専門的に行う施設はもちろん、各地域のがん診療連携拠点病院レベルであれば行われるべき標準的な肺癌診療レベルを想定した。


肺癌におけるQI設定の考え方と方法

 すでに述べたように、肺癌の診療においては、Stage、病理組織に従って治療指針が定められていることから、治療に先立って治療指針決定の根拠となる病変、病態の評価は重要であり、治療モダリティそれぞれに評価項目を設定する必要があった。

 選定した全35項目のうち、治療前の評価に関して7項目、外科療法と外科病理に関するものが9項目、非小細胞癌の化学療法と放射線治療に関するものが7項目、小細胞癌の化学療法と放射線治療に関するものが6項目、放射線治療に関するものが4項目、有害事象への対応に関するものが2項目、という配分となった。全体で35項目の評価項目があげられたが、個々の症例に関しては、治療について、大きく分けて3つのカテゴリーのいずれかのみが選択されることになるため、20項目程度による評価ということになる。

 肺癌には、腺癌、扁平上皮癌、小細胞癌、大細胞癌の4組織型があり、細胞生物学的な特性や治療への反応性の違いから、小細胞癌と、それ以外(非小細胞癌)に分けて治療を行うのが一般的である。特に、化学療法や放射線治療に対する反応性は大きく異なっており、このため、治療方針は両者で大きく異なる。従って、治療前の評価として、組織型を決定した上でそれらに応じた治療計画が立てられているかどうかをみることは、診療の質を評価する重要なポイントとなる。さらに、他の臓器の癌と比較した場合に、肺癌が発見されたときにはすでに進行している症例が多く、相対的に外科切除の対象とならず、放射線治療や化学療法が必要とされる場合が多いという特徴がある。そのため、肺癌に対する治療スキーマは、組織型、Stage、治療モダリティによって、多岐の選択肢があり得ることになる。

 非小細胞癌においては、StageⅠ、IIであれば、治療方法は外科切除が基本である。外科切除としては、癌腫を含む肺葉以上の切除と肺門・縦隔のリンパ節郭清(根治術)を行うことが標準術式である。外科切除のmorbidity/mortalityは、手術の直接的な質の指標となる。通常、肺癌根治術のmortalityは2%までとするのが一般的である。再発率を低下させるための術後併用化学療法については、近年になってリンパ節転移を有する症例の術後化学療法を施行したほうが有意に予後良好であることが示され、わが国の診療ガイドラインにおいてもグレードBと記載されるようになっている。局所進行肺癌であるStageIIIについては、化学療法と放射線治療の併用が標準治療である。遠隔転移を有するStage IVにおいては、化学療法によって有意の生存延長が示されて標準治療としての地位を確立したが、依然その生存延長は数ヵ月にとどまるものとされている。

 肺癌全体の20%程度を占める小細胞癌においては、通常治療の観点から、限局病変(Limited Disease:LD)と進展病変(Extensive Disease:ED)に分けて治療指針が示される。前者は、Stage IIIまでの局所進行癌が含まれ、後者は遠隔転移を有するものである。限局病変の中でも、リンパ節転移を有さないものは超限局病変(Very Limited Disease:VLD)として別扱いし、非小細胞癌と同様に外科切除が標準治療とされ、術後に4ないし6コースの化学療法を追加することが推奨されている。一方、外科切除の対象とはならない限局病変では、化学療法と放射線治療の同時併用が標準治療として確立されている。一方、進展病変では、化学療法が標準治療となる。

 今回のQI設定に当たっては、このような肺癌治療の多様性と複雑性を考慮した上で、どのような設問によってその診療の質を計測するかということが常に問題となった。あまりにその複雑性を考慮すると、全体の設問数をいたずらに増加させ、その一方で回答する必要のない設問が増加するという結果を生むため、それらのバランスを考慮する必要があった。

 

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まとめ

 今回設定した設問項目で、実際に、診療の質がどの程度計測できるかということについては、実地の症例においての検証が今後必須である。一方、診療の質については、その性格上経時的な変化を見ることが不可欠であり、例えば非小細胞癌の術後併用化学療法のように、臨床における意義や位置づけが経時的に変化する重要な評価項目については、どのように設定するかという難しい側面があり、その点については今後の検討課題となる。

 

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