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胃癌診療におけるQuality Indicator(QI)の策定

主任研究者 島田安博
国立がんセンター中央病院消化器内科

わが国における胃癌診療の特徴から

 国内における胃癌診療については2001年に日本胃癌学会より発刊された胃癌治療ガイドライン(第1版)を参考にして実施されることが推奨され、2004年4月に第2版として改訂された。現在第3版の改訂中であるが、その間に発表された臨床上重要な知見に関しては学会ホームページに速報版として公表されている。胃癌治療のモダリティは臨床病期(Stage)により、内視鏡治療(EMR、ESD)、外科切除、術後補助療法、転移・再発に対する抗がん剤治療などが選択される。従来は後ろ向きに集積された臨床成績を基本として治療法が評価されていたが、最近では前向き大規模比較試験が実施され、これらの科学的根拠により胃癌の標準治療が確立されている。

 一方、胃癌罹患数や死亡数は減少傾向にあるものの、絶対数はまだ多く、地域における第一線のがん診療病院においては最も多いがん種と考えられる。このため、がんセンターや大学病院での診療よりも、地域基幹・中核病院での診療行為が多いことも胃癌の特徴と考えられる。がん診療連携拠点病院においても、胃癌の専門家や診療グループはほとんどの医療機関で存在しているが、上記の内視鏡治療、外科治療、抗がん剤治療の適応判断や実施方法のバラツキは、医療機関により大きく異なることが予想される。これは、単に医学的な治療方針が異なるのみならず、施設内での人員や設備などの違いによる部分も大きくかかわっている。今回のがん対策基本法の主旨に従えば、これら第一線病院のがん診療連携拠点病院における診療内容を均一化し、さらに客観的な評価を行うことは、医療レベルの向上にとって重要な段階と考える。

 

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専門家パネル委員の選定

 胃癌においては、内視鏡診断・治療、外科治療、抗がん剤治療の3分野に対して、国立がんセンター中央病院において実際に診療を担当している医師に協力を依頼し、「診療の質指標(Quality Indicator:QI)」候補(案)を作成し、その中から院外の専門家パネル委員によるQI候補の絞り込みを実施した。専門家メンバー選出については、がん治療専門施設のみからの選出となったが、地域のがん診療の中心施設であり、医療連携などから一般病院における診療の実態についても把握可能と判断している。

 

QI予備候補案の国立がんセンター中央病院作成メンバー:

 内視鏡検査・治療(小田一郎)、外科(阪眞)、内科(濱口哲弥、加藤健)により、胃癌治療ガイドライン第2版を基本にQI予備候補を作成した。また根拠のまとめも作成した(文献61件)。この際に消化管領域で先行する大腸癌QIも参考とした。これは地域において胃と大腸の両者を診療する形態も多いと考えられ、可能な限り整合性を考慮したためである。

 

胃癌専門家パネル委員の構成(敬称略)

 小田 一郎    国立がんセンター中央病院 内視鏡部
 小野 裕之  静岡がんセンター 内視鏡科
 伊藤 誠二  愛知県がんセンター中央病院 消化器外科  
 阪 眞  国立がんセンター中央病院 外科
 藤谷 和正  国立病院機構大阪医療センター 外科
 吉川 貴己  神奈川県立がんセンター 外科
 佐藤 温  昭和大学豊洲病院 内科
 濱口 哲弥  国立がんセンター中央病院 内科
 朴 成和  静岡県立静岡がんセンター 内科
 室 圭  愛知県がんセンター中央病院 薬物療法部
 加藤 健  国立がんセンター中央病院 内科

 

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QIの策定にあたっての留意点

 2007年12月16日に胃癌専門家パネルのメンバーの参加を得、上記QI案29件に関して詳細に討論した。事前評価の内容検討、コメントを参考に、QIの妥当性、統合、削除などを実施した。専門分野は異なるが内視鏡、外科、内科の各治療領域に関して相互に評価を行い、客観的な指標作成を目指した。すなわち、内視鏡治療と外科治療境界領域(ESD後の外科切除など)、外科治療と抗がん剤治療境界領域(術前化学療法や術後補助療法など)について意見交換を行った。

 

確定したQIについて

 QI候補数37、最終QI数30となった。内訳は、治療前評価8、局所療法14(周術期医療3、治療・術式選択4、術後の記録と説明4、内視鏡治療関連3)、化学療法6、フォロー2であった。

 治療前評価としては、待期手術および化学療法を受ける患者では内視鏡診断、腹部造影CT検査、血清腫瘍マーカー測定の実施の有無が、一方内視鏡治療を受ける患者では診断的内視鏡所見の記載項目がQIとしてあげられた。また、待期手術および内視鏡切除を受ける患者に対しては内視鏡生検による病理学的診断がQIとして取り上げられた。手術患者に対しては、術前の説明内容として合併症、リスク、期待される効果が含まれることがQIとして採用された。いずれの項目も通常診療として実施されているが、カルテから読み取りを考慮した場合に、説明内容がどのくらい正確に記載されているかが問題である。また、手術説明書のような定型説明文の手渡しが、実質的な説明内容と同一とみなせるかどうか検討の余地がある。

 局所療法に関連するQIでは、周術期医療関連で術前・術後の予防的抗菌薬と、深部静脈血栓症予防対策の有無が取り上げられている。現在、胃癌手術は定型化されており、それに準拠したパスを使用している施設が増加している。そのパスの中に、これらの項目が含まれるかどうかにより、実施率が大きく左右されると考える。治療・術式選択では、内視鏡治療のガイドラインに準拠した適応規準、標準的外科手術D2、大動脈周囲リンパ節郭清患者での術前CT所見の3項目4QIが採択された。いずれの項目も、標準的な内視鏡切除、外科的手術が実施されているかどうかを判断するものである。術後の記録と説明では、胃切除後の食事指導、手術所見の記載、病理診断の記載、患者または代理人への切除標本の病理検査所見の説明と説明内容の記載が採択された。これらの中では、患者への切除標本の病理検査所見の説明の実施、およびその内容が診療録に記載されていることの遂行率が少ない可能性が考えられる。臨床現場では、術後に患者および代理人に説明しているが、多くが外来診療時となっており、詳細な説明項目を吟味することは難しい。内視鏡治療関連では、一括切除か分割切除かの記載、病理組織学的診断、追加外科的切除に関する検討内容の3点が採択された。内視鏡切除を多数例実施している施設では通常診療での記載内容であるが、一般病院において系統的にどのくらい実施されているかは不明である。

 化学療法に関連するQIでは、術後補助療法の適応、抗がん剤治療開始にあたって行われるべき説明内容、抗がん剤治療中の体重変化、各クール前の検査・観察項目、効果判定のための画像診断、有害事象の観察と記載の6項目がQIとして採択された。いずれも抗がん剤治療を安全に実施し、不要な抗がん剤治療継続を行わないことを意識した項目選択である。

 フォローアップに関しては十分なエビデンスがないが、再発率の高い3年間に関して、最低年1回の検査を行い、再発や多重癌の発見を行うことがQIとして採択された。胃癌において、術後再発に対するフォローアップの臨床的意義は明確に証明されていないが、現在国内で実施されている内容を追認したものとなっている。一方、内視鏡切除の場合には、早期診断により、内視鏡的再切除や外科切除の適応となる可能性もあり、今後の検討が必要である。

 これらQI項目の検討過程において、適切な指標とは何かということについても議論された。臨床現場での複雑な医療行為を客観的かつ適切に評価することは極めて難しく、個々の医療行為を臨床的重要性、最低限の実施必要性などから選定するようにした。また診療行為全体でのバランスを考慮し、重要性のある指標は漏れなく組み込むように留意した。実際のカルテ調査において、術後病理診断の患者への説明に関する項目などは、どの程度まで具体的証拠を確認することをもって実施できていると判断するかが問題となった。カルテに病理報告が挟まれていることと、カルテに医師が記載していること、患者に説明した内容と理解度など、どのレベルで実施していると判断するかが議論されたが、今後実測などの検証の結果で考慮していくべきと考える。さらに、調査担当者ができあがったQIを実際に調査する際に、実施可能であるかどうかも大きな課題と考えられた。専門家パネル委員の所属しているがん診療連携拠点病院においては、胃癌診療はかなり標準化されていることが予想されるが、本QIが実際に調査されてどのように評価されるか興味深い。また、地域格差、医療機関格差を確認でき、格差是正の評価項目として役立つことも期待される。

 

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まとめ

 今回はQI作成に関して、どのような医療機関を対象とするか、胃癌治療の各段階のすべてをいかにバランスよく評価するか、評価内容が医療機関の診療レベル向上に役立つかなどの視点をもって検討した。一連の診断、治療、経過観察の流れの中で、QIの内容の軽重はあるが、調査実施可能性を考慮して30項目に絞った内容である。また、がん診療がチーム医療として評価されるようになってきていることを考慮すると、診療録の記載内容のみで、医療の質をどのくらい客観的に評価できるかも今後の検討課題である。従来医療の質を客観的に評価することに関して一定の基準がなかったことを考慮すると、今回のQIを試験的に評価し、評価方法自体が実施可能、かつ客観的で、参加医療機関に有益であるかどうかを検討する価値は十分にあると考えられる。

 がん医療の標準化(均てん化)には、このような客観的評価とともに、その問題点を改善するための人的、経済的サポートを並行して計画的に実施していかなければ、実現することが難しいことも重要な論点と考えられる。

 

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